ペース走の是非を問う──VLamaxと有酸素能力から考える中長距離トレーニング

※本稿は、確立された運動生理学的な知見(生理学的ファクト)を出発点とし、そこから導き出せるトレーニング上の可能性や筆者自身の考察・仮説を組み立てたものです。「高VLamaxと代謝応答の個体差」や「ペース走と閾値インターバルの期分けにおける役割」については、現時点で一つの標準的な答えが完全に確立しているわけではありません。一つの思考フレームワークとしてお読みください。

運動生理学やトレーニング科学に関する情報が手軽に手に入るようになった現代において、私たちランナーは日々の練習メニューをどのように組み立てるべきでしょうか。「まずは土台となるスタミナを作るためにペース走を行う」「スピードを出すためにショートインターバルで追い込む」といった従来の常識は、一見すると非常にロジカルに感じられます。

しかし、体内で起こっているエネルギー供給の仕組み(代謝システム)を少し深く掘り下げてみると、私たちが良かれと思って取り組んでいる練習が、狙いとは少し異なる代謝的ストレスをもたらしている可能性が見えてきます。

「ペース走は本当にすべてのランナーにとって最初にやるべき土台なのか?」「ペース走はいつ、どのような目的で必要になるのか?」

今回は、エネルギー代謝システムの中でも特に誤解されやすい「解糖系(無酸素性解糖)」と「有酸素系(酸化系)」の相互作用、表面上のペースだけでは捉えにくい「VLamax(最大乳酸産生速度)」の概念をヒントに、中長距離ランナーや持久系アスリートのためのトレーニング構築法を考察していきます。

1. エネルギー供給システムの基礎を再整理する

まずは、人間の身体が運動する際にATP(アデノシン三リン酸)を生成する3つのシステムについて、基本となる知見を整理しておきたいと思います。

3つの代謝経路は「リレー」ではなく「グラデーション」

かつての簡易的な解説などでは、運動開始直後はATP-PCr系(クレアチンリン酸系)が働き、次に解糖系が立ち上がり、最後に有酸素系に切り替わる、といった「リレー形式」のような説明がなされることがありました。

しかし現在の運動生理学では、これら3つのシステムは運動開始の瞬間から常に同時に動いていることが分かっています。運動強度や持続時間の違いによって、どのシステムの寄与率が高いかという「割合(グラデーション)」が変化しているに過ぎません。

  • ATP-PCr系: 爆発的な出力を生み出すが、数秒で枯渇する。
  • 解糖系: 糖(グルコースやグリコーゲン)を分解して素早くATPを再合成するが、持続時間は限られる。
  • 有酸素系: ミトコンドリア内で酸素を使って大量のATPを再合成する。立ち上がりは緩やかだが高い持続力を持つ。

全力パフォーマンスと「解糖系能力」の混同

ここで非常に重要になるのが、「短距離の最大スピード(全力パフォーマンス)」と「解糖系そのもののエネルギー産生能力」を混同してはいけない、という点です。

例えば、100mの最高速度や最大筋力が向上したとします。これは主に神経系の動員能力、筋腱の弾性(SSC)、走行効率(ランニングエコノミー)、あるいはATP-PCr系の強化による影響が大きいと考えられます。最大スピードが上がったからといって、直ちに「解糖系の酵素活性やエネルギー産生速度(VLamax)が高まった」と言い切ることはできません。

最初の加速能力や瞬間的な出力を高めたことで「結果的に一定スピードの維持が楽に感じられる(相対強度の低下)」ことはあっても、それは解糖系というエンジンの排気量が上がったことと同義ではないのです。この2つを分けて捉えることが、本稿の考察を進める上で欠かせない前提となります。

2. 解糖系と有酸素系は「敵対」するのか「協働」するのか

トレーニングの議論において、「解糖系を鍛えると有酸素能力が落ちる」あるいは「有酸素ばかりやるとスピードが死ぬ」といった単純なトレードオフ(二項対立)が語られることがあります。しかし、生化学的な視点で見ると、この関係性はより立体的です。

乳酸は疲労物質ではなく「重要な代謝中間体・燃料」

かつて乳酸は「疲労の原因物質」「代謝のゴミ」のように扱われていました。しかし現代の生理学では、乳酸は解糖系で作られた重要な「代謝中間体であり、優れたエネルギー燃料」であることが知られています。

高強度の運動によって作られた乳酸は、血液や組織間を通じて酸化能力の高い筋線維や心筋などへ運ばれ、ピルビン酸へ戻された後、ミトコンドリア内での酸化代謝に利用されます。これはいわゆる「乳酸シャトル」として説明される重要な代謝経路です。

つまり、解糖系で作られた生成物を酸化系(有酸素系)が受け取って再利用するという「協力関係」が存在しているわけです。

産生速度と全身での処理・利用バランス

では、なぜ高強度の練習を過度に行うと疲労が激しく残ったり、有酸素的な適応が得られにくくなったりするのでしょうか。

これは乳酸そのものが悪者ということではなく、「解糖系から乳酸が産生される速度が、身体全体での利用・酸化・除去の能力を上回ると、血中や組織内での乳酸蓄積が進みやすくなるため」と整理できます。

また、高い解糖速度に伴うATP加水分解などによってH⁺の産生・処理バランスが崩れると、筋内pHが低下しやすくなります。この高い代謝的ストレスや神経系の疲労が慢性化すると、結果として有酸素的なトレーニングの「量と質」を維持することが困難になり、トレーニングシステム全体の適応が停滞してしまう可能性があると考えられます。

3. 「VLamax(最大乳酸産生速度)」と代謝応答の個体差

ここで「VLamax(最大乳酸産生速度)」という概念について考えてみます。VLamaxとは、解糖系が単位時間あたりに生み出すことができる最大の乳酸量(=解糖系の最大出力能力の指標)を指します。

高VLamaxは種目によって強力な武器となる

前提として強調しておきたいのは、高VLamaxは決して「悪い特性」ではないという点です。800mや1500mといった種目、あるいはロードレースでの爆発的なアタックやラストスパートにおいて、高い解糖系能力は勝敗を分ける強力な武器となります。

種目によってその位置付けは変化します。

  • 800m選手: 高い解糖系能力がパフォーマンスに大きく関与する。
  • 1500m〜5000m選手: 高い解糖能力と高い有酸素能力の高次元でのバランスが求められる。
  • マラソン・ロングトライアスロン選手: 高い有酸素酸化能力が重要であり、競技特性によってはVLamaxを抑える方向の適応が有利に働く可能性がある。

問題となるのは特性そのものの良悪ではなく、「選手の代謝特性と、現在取り組んでいる種目・トレーニング目的が噛み合っているかどうか」です。

代謝応答の個体差という視点(※筆者の考察)

VLamaxはあくまで「最大解糖能力」を示す指標であり、低強度運動時における解糖系依存度を直接測定するものではありません。しかし、高い解糖系能力(高いVLamax)を持つ選手と、そうでない選手とでは、「同じ外的強度(走ペースなど)で走していても、体内での代謝応答やストレスの残り方に違いが生じる可能性がある」という視点は非常に重要です。

解糖系能力が高い選手の場合、閾値インターバルのセッション自体においても細胞内環境への負荷や代謝的応答が十分に高まりやすく、結果としてペース走で補うべき適応上の「ギャップ」そのものが比較的小さく留まるケースも考えられます。

有酸素能力を高める局面において、VLamaxとのバランスをどう取るか、またどのメニューで刺激を入れるかは、こうした選手ごとの代謝応答の差を考慮しながら個別に判断されるべき領域だと言えます。

4. ペース走 vs 閾値インターバル:優劣ではなく「目的と時期」の違い

ここまでの生理学的な整理を踏まえ、本稿の核心である「ペース走(連続走)」と「クルーズインターバル(閾値分割走)」の使い分けについて、筆者なりの仮説を展開していきます。

「ペース走=すべての土台」という固定観念への一石

多くの指導現場では、「まず20分〜30分のペース走(連続走)で有酸素の土台を作り、その後に質の高いインターバルへ移行する」という階層構造が一般的とされてきました。

しかし、これはあくまで一つの手法に過ぎません。解糖系能力が高く、まだ有酸素ベースが十分に育っていない段階で長時間のペース走を行うと、途中で運動強度に対する代謝的ゆとりが失われ、設定した本来の目的(コントロールされた有酸素刺激)から外れてしまうリスクがあります。

ペース走は「すべてのランナーが最初にやるべき絶対的な土台」ではなく、「選手の代謝特性・時期・週間の高強度許容量によって必要性が変化する選択肢の一つ」と捉える方が自然です。

閾値インターバルがもたらすメリットと刺激の違い

有酸素能力を安全かつ効率的に高めたい局面で有効な選択肢となるのが、1000mや2000mといった区間に分割し、間に短いレスト(60秒〜90秒程度)を挟む「クルーズインターバル(閾値インターバル)」です。

セット間に短いレストを入れるからといって、体内の代謝が完全にリセットされるわけではありません。この短い休息によって運動中の過剰な代謝ストレスの発生を抑えつつ、目標とする閾値強度での「総仕事量(走行距離・時間)」を安全に確保しやすくなります。

ただし、同じ閾値付近の運動であっても、「連続して負荷を受け続ける場合(ペース走)」と「短い休息を挟んで間欠的に負荷を受ける場合(閾値インターバル)」とでは、細胞内環境にかかるストレスの性質や身体への適応刺激そのものは完全に同一ではありません。「どちらが優れているか」という単純な比較ではなく、与えたい刺激の性質の違いとして捉えることが重要です。

5. 週間スケジュールと「中強度走」の組み立て

どれほど理論的に優れたメニューであっても、それが週間スケジュール全体のバランスを崩してしまっては本末転倒です。

週間の負荷設計と「中強度枠」

ランナーのフィットネスレベルや回復能力によっては、「週に3回のハードな高強度セッション」を処理しきれないケースがあります。そうした場合、週間構成を「週2回の高強度(ハード)+ 週1回の中強度(モデレート)」に設定するのが実践的です。

この「週1回の中強度(モデレート)枠」において、無理のないペースでのペース走を配置する価値が生まれます。

限界まで追い込むのではなく、余裕を持ったモデレートペースで一定時間を走るペース走は、神経系や自律神経に極端な負荷をかけずに、継続的な有酸素刺激を積み重ねるための手段となり得ます。

「隠れ高強度」化を防ぐ慎重さ

ただし、ここで注意したいのが、「本人は中強度のつもりで走っているペース走が、実際には高強度タスク化してしまう」という点です。

ペース設定が不適切であったり、後半の疲労によって心拍数や主観的運動強度(RPE)が跳ね上がったりすると、それは中強度ではなく高強度練習になってしまいます。そうなると翌日以降のメイン練習の質や回復を阻害する原因になります。

中強度としてペース走を取り入れる際は、心拍数や呼吸の余裕度、RPEを慎重にモニタリングし、設定強度の範囲内に留める管理が不可欠です。

6. 結論:ペース走は「いつ」必要になるのか?(筆者の最終仮説)

最後に、本稿の問いである「ペース走はいつ必要になるのか?」について、一つの結論としての仮説を提示したいと思います。

従来の考え方: ペース走(土台作り) ➔ 閾値インターバル・高強度走(質的向上)

本稿が提案する仮説: 閾値インターバル(安全な仕事量の確保・有酸素開発) ➔ ペース走(ギャップが生じた際に応用・導入)

つまり、「ペース走は閾値インターバルをこなすための絶対的な前提条件(土台)ではなく、閾値インターバル等によって十分な有酸素能力を引き上げた後に、なお残っている適応上のギャップを埋める必要が生じたタイミングで導入するもの」という考え方です。

具体的には、以下のようなタイミングや目的において、ペース走の導入価値が生まれると考えられます。

  1. 閾値インターバルのボリュームがピークに達したとき 分割走での走行距離・時間が上限に達し、刺激の質を「レストなしの連続性」へと移行させ、インターバルだけでは埋めきれない適応上のギャップを埋めたい期分けのタイミング。
  2. 代謝的ゆとりが十分に確保されたとき 有酸素開発が進み、VLamaxとのバランスが整ったことで、連続走を行っても過剰な代謝ストレスを溜め込まずに走れるフィットネスが整ったとき。
  3. レース固有の「持続性ストレス」に適応させたいとき 実戦に向けて、精神的・肉体的に「立ち止まらず走り続けるストレス」や環境への耐性を作りたい調整期。

トレーニングとは、単一のメニューの正否を競うものではなく、「現在の自分の代謝特性(有酸素能力と解糖系能力のバランス)に対し、どの刺激をどの順番で与えれば、システム全体が壊れずに適応し続けるか」という設計のプロセスです。

「とりあえずペース走」から一歩踏み出し、自身の体内で何が起こっているのかに目を向けること。その観察と工夫こそが、自分だけの最適なトレーニングシステムを作り上げる鍵になるのではないでしょうか。

参考文献

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  3. González-Mohíno F, González-Ravé JM, Juárez D, Fernández FA, Barragán Castellanos R, Newton RU. Effects of Continuous and Interval Training on Running Economy, Maximal Aerobic Speed and Gait Kinematics in Recreational Runners. J Strength Cond Res. 2016;30(4):1059-66. PMID: 26356481

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