
トレーニングを続けていると、もっと強くなるためには、毎週少しずつ練習量や強度を増やさなければならないと考えがちです。実際、トレーニング理論では、身体に十分な刺激を与え、それに適応させる「漸進性過負荷」が重要な原則とされています。
しかし、ここで一つ考えておきたいことがあります。
トレーニングによって能力が向上する一方で、疲労もまた蓄積します。そして、能力の向上と疲労の回復は、同じ速度では進みません。
疲労が残っているからといって、身体が適応していないとは限りません。逆に、練習量を増やし続けているからといって、それに見合う能力向上が得られているとも限りません。
では、毎週のように負荷を増やすのではなく、同じトレーニングを一定期間繰り返した場合、身体にはどのような変化が起こるのでしょうか。
今回は、フィットネス・疲労モデルを出発点に、トレーニング負荷と適応の関係を整理しながら、負荷を維持することの意味と、その実践的な活用方法について考察します。
1. トレーニングは能力を高めると同時に疲労も生み出す
トレーニングの目的は、運動によって身体に刺激を与え、その刺激に対する適応を引き出すことです。
持久系トレーニングであれば、ミトコンドリアの機能や量、毛細血管網、酸化系のエネルギー代謝、運動時の循環応答などに変化が生じます。筋力トレーニングであれば、神経系の適応や筋タンパク質の合成などが関わります。
ただし、これらの適応はトレーニング中にすべて完了するわけではありません。運動によって生じた疲労から回復する過程も含めて、身体は変化していきます。
ここで重要になるのが、1980年にBanisterとCalvertが発表したトレーニング負荷と競技パフォーマンスの関係を扱うモデルです。
この考え方では、トレーニングによる影響を大きく二つに分けます。
- フィットネス: トレーニングによって得られる能力向上の効果
- 疲労: トレーニングによって生じ、パフォーマンスを一時的に低下させる効果
競技パフォーマンスは、この二つの影響が時間とともに変化することで決まると考えます。
トレーニング直後には疲労の影響が強く現れ、能力向上の効果が表面化していても、それがパフォーマンスに反映されないことがあります。その後、疲労が軽減するにつれて、トレーニングによって得られた能力が発揮されやすくなります。
つまり、練習直後にパフォーマンスが低下していたとしても、それだけでトレーニングが失敗だったとは判断できません。ここで、トレーニング計画を考えるうえで重要な視点が生まれます。
能力向上のためにトレーニングを続けることと、疲労を際限なく積み重ねることは、同じではない。
なお、「疲労はフィットネスよりも速く蓄積する」という表現は、この関係を直感的に理解するうえで役立ちます。ただし、すべてのトレーニングで疲労が能力向上より速く蓄積するという普遍的な法則が確立されているわけではありません。実際の反応は、トレーニングの種類、負荷、競技歴、回復状態などによって異なります。
2. 毎週負荷を増やせば、適応も速くなるのか
トレーニングの基本原則として、漸進性過負荷があります。身体が現在の負荷に適応したら、次の段階では刺激を少しずつ増やすという考え方です。
これは合理的な原則です。しかし、漸進性過負荷は、毎週必ず負荷を増やすことを意味するわけではありません。
例えば、毎週のトレーニング時間を10時間、11時間、12時間、13時間と増やし、その後に回復週を設ける計画を考えてみます。
このような計画自体が間違っているわけではありません。問題は、負荷を増やすタイミングが、実際の適応や疲労の状態ではなく、あらかじめ決めたカレンダーだけで決まってしまう場合です。
前週の負荷に身体が十分に適応していない段階で、さらに練習量や強度を増やせば、疲労が蓄積する可能性があります。一方、すでに余裕をもってこなせる負荷を維持しているなら、同じメニューを繰り返すことにも意味があります。
ここで注意したいのは、毎週5〜10%ずつ負荷を増やすというルールについてです。
この数字はトレーニング現場で広く知られていますが、すべての競技者に適用できる普遍的な安全基準として確立されているわけではありません。ランニング傷害とトレーニング負荷の変化を調べたシステマティックレビューでも、いわゆる「10%ルール」を裏付ける十分な証拠は得られていません。
もちろん、急激な負荷増加に注意する必要がないという意味ではありません。重要なのは、一定の割合を守れば安全だと考えるのではなく、現在のトレーニング量、強度、身体の状態、過去の運動歴などを踏まえて負荷を調整することです。
「3週積み上げて1週回復」という計画も、同じように考える必要があります。うまく機能する選手もいますが、すべての人に最適な周期とは限りません。
回復週を入れること自体が問題なのではありません。疲労の状態を無視して負荷を増やし続け、予定どおり疲れ切ったところで回復週を設けるという運用には、再考する余地があります。
3. 同じ負荷を繰り返すと、身体には何が起こるのか
では、毎週の負荷を増やさず、同じトレーニングを一定期間繰り返したらどうなるでしょうか。
適切な負荷が与えられ、回復が確保されていれば、身体はその運動をより効率よく処理できるようになる可能性があります。
例えば、同じ出力でバイクをこぐ場合、適応に伴って心拍数や主観的運動強度が低下したり、同じ心拍数で維持できる出力が高まったりすることがあります。
こうした変化には、循環機能、筋肉の酸化能力、運動単位の動員、神経筋協調など、複数の要因が関係します。
同じ出力に対する心拍数や主観的運動強度の変化
例えば、150Wで一定時間バイクをこぐトレーニングを考えてみます。
開始当初は心拍数が高く、運動を終えたときにも強い疲労感が残っていたとしても、同じ条件で練習を継続するうちに、心拍数や主観的運動強度が低くなることがあります。
これは、同じ外的負荷に対する身体の反応が変化した可能性を示しています。
ただし、心拍数は気温、脱水、睡眠、ストレス、直前のトレーニングなどにも左右されます。したがって、1回のセッションで心拍数が低かったからといって、適応が進んだと判断するのは早計です。できるだけ同じ条件で繰り返し、複数回の傾向を確認する必要があります。
エネルギー代謝の適応
持久系トレーニングでは、筋肉の酸化能力が高まることなどにより、同じ運動強度における脂質と糖質の利用割合が変化する可能性があります。
ただし、脂質利用割合の上昇が毎回確認できるわけではなく、心拍数や主観的運動強度の低下だけから、脂質代謝が改善したと断定することもできません。また、脂質を多く利用できることが、あらゆる運動強度で優れたパフォーマンスにつながるわけでもありません。高強度運動では糖質の重要性が高くなります。
ここでのポイントは、同じ負荷を繰り返す目的が、単に楽に感じられるようになることではないという点です。
同じ外的負荷に対する身体の反応を観察することで、トレーニングへの適応を評価する手がかりが得られるのです。
4. 「同じ負荷を維持する」と「同じことを続けるだけ」は違う
ここまで読むと、負荷を増やさず同じトレーニングを続けることが、常に優れた方法のように感じられるかもしれません。しかし、それも正確ではありません。
身体が特定の負荷に適応すると、その負荷から得られる追加的な刺激は小さくなっていく可能性があります。現在のトレーニングだけで必要な能力向上を十分に引き出せなくなった場合には、負荷、強度、運動時間、運動の種類などを見直す必要があります。
つまり、同じ負荷を維持することは、負荷を永遠に固定することではありません。ここでは、次の三つを区別しておきたいと思います。
第一に、負荷を維持する期間。
現在のメニューを繰り返し、身体がその負荷をどう処理するかを観察します。トレーニングの再現性を確保することで、負荷に対する反応の変化を比較しやすくなります。
第二に、負荷を増やすタイミング。
同じ負荷を以前より低い主観的運動強度でこなせるようになった、同じ心拍数でより高い出力を維持できるようになった、セッション後の疲労が軽くなったなど、複数の指標を組み合わせて判断します。
第三に、回復を優先するタイミング。
同じメニューでも疲労が強く残る、パフォーマンスが低下する、睡眠や日常生活に影響が出るといった場合は、適応を待つために負荷を維持するのではなく、負荷そのものを減らす必要があるかもしれません。
ここで大切なのは、負荷を維持することと、回復のために負荷を減らすことを混同しないことです。
前者は現在の刺激を継続して適応を促すための選択であり、後者は疲労に応じてトレーニングの量や強度を調整するための選択です。どちらも、トレーニングを長期的に継続するために必要な判断です。
5. 持久系競技のトレーニングから考える「一貫性」の意味
持久系競技では、長期間にわたって一定の週間構成を維持しながら、練習の質を高めていくことがあります。
例えば、低強度の有酸素トレーニングを十分に行いながら、目的を明確にした高強度セッションを組み合わせる方法です。
Seilerらの研究では、クロスカントリースキー選手などの持久系競技者において、低強度のトレーニングを多く行い、高強度のトレーニングを組み合わせる強度分布が報告されています。
このようなトレーニングの考え方から学べるのは、毎週すべての指標を増やさなくても、練習の質や構成を適切に管理することで、能力向上を目指せるということです。
ただし、エリート選手が同じ週間負荷を長期間維持しているからといって、それがすべての選手にとって最適だと証明されているわけではありません。また、負荷が一定に見えても、実際にはセッションの内容、強度、回復、レース日程などが調整されていることがあります。
重要なのは、エリート選手の週間負荷をそのまま模倣することではなく、トレーニングの一貫性を保ちながら、適応と疲労のバランスを調整するという考え方です。
同じメニューを繰り返すことは、単調な練習を続けることとは違います。目的と評価指標を明確にしておけば、同じ負荷の中でも、身体がどう変化しているかを確認できます。
6. 実践への応用──1+4ジョグで適応をどう評価するか
この考え方は、私が日常的に実践している「1+4ジョグ」にも応用できます。100mの速い区間と400mのジョグを交互に繰り返すトレーニングですが、毎週ペースや距離を増やすことを前提にはしていません。
まずは同じメニューを繰り返し、同じペースに対する心拍数や主観的運動強度、走行後の疲労、翌日以降の回復を観察します。身体への負担が軽くなり、ほかのトレーニングにも悪影響が出ていないなら、適応が進んでいる可能性があります。
ただし、心拍数の低下だけで適応を判断することはできません。速い区間では神経筋系や腱への負荷も考慮する必要があります。
重要なのは、決められた週数が経過したから負荷を増やすのではなく、同じ負荷に対する身体の反応を確認したうえで、次の段階へ進むことです。反応を見ながら次の段階へ進む方法です。
7. トレーニングの目的は、疲労を増やすことではなく適応を積み重ねること
トレーニングでは、負荷を与えることが必要です。しかし、負荷そのものが目的ではありません。
練習量を増やすことが能力向上につながる場合もあれば、同じ負荷を維持することで適応を進め、疲労を管理しやすくなる場合もあります。回復が必要なときには、負荷を減らすことが次のトレーニングにつながる場合もあります。
フィットネス・疲労モデルは、こうしたトレーニングとパフォーマンスの関係を考えるための有用な枠組みです。ただし、身体の反応を完全に予測できるモデルではなく、すべての適応を一つの数値で表せるわけでもありません。
だからこそ、トレーニング計画は固定されたスケジュールだけで決めるのではなく、実際のパフォーマンス、身体の反応、回復状態を確認しながら調整していく必要があります。
毎週必ず負荷を増やすことだけが、漸進性過負荷の実践ではありません。
同じ負荷を以前より低い生理学的コストでこなせるようになることも、トレーニングへの適応を考えるうえで重要な変化です。
疲労が大きいほど良いトレーニングとは限りません。必要な刺激を与え、その刺激に適応し、回復し、次の段階へ進む。その繰り返しが、長期的な能力向上を支えます。
私たちが積み重ねるべきなのは、疲労そのものではなく、疲労を適切に管理しながら得られる適応なのではないでしょうか。
参考文献
- Banister EW, Calvert TW. Planning for future performance: implications for long term training. Can J Appl Sport Sci. 1980;5(3):170–176. PubMed PMID: 6778623
- Morton RH, Fitz-Clarke JR, Banister EW. Modeling human performance in running. J Appl Physiol. 1990;69(3):1171–1177. PubMed PMID: 2246166
- Damsted C, Glad S, Nielsen RO, Sørensen H, Malisoux L. Is there evidence for an association between changes in training load and running-related injuries? A systematic review. Int J Sports Phys Ther. 2018;13(6):931–942. PubMed Central
- Seiler S, Kjerland GØ. Quantifying training intensity distribution in elite endurance athletes: is there evidence for an “optimal” distribution? Scand J Med Sci Sports. 2006;16(1):49–56. DOI: 10.1111/j.1600-0838.2004.00418.x


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