
同じ練習をしているのに、なぜか伸びる人と伸びない人がいる。
同じ距離を走り、同じ時間をかけ、同じような強度でトレーニングしている。それなのに、ある人はVO₂maxが大きく向上し、別の人はほとんど変わらない。そうした現象を見ると、「これは遺伝の違いなのではないか」「生まれつきの才能が違うのではないか」と考えたくなります。
実際、運動トレーニングに対する適応には個人差があります。HERITAGE Family Studyでは、20週間の標準化された持久性トレーニングによってVO₂maxが平均して向上した一方、個人ごとの変化量には大きな幅がありました。ほとんど変化しなかった人がいる一方で、1 L/minを超えて増加した人もいます。
では、こうした違いは「遺伝によって決まっている」のでしょうか。ここには、少し注意が必要です。
近年の研究では、そもそも「この人はトレーニングに反応しない」という分類自体が、それほど単純ではないことも分かってきました。測定誤差や日々の生理的変動を考慮すると、見かけ上の「反応の違い」のかなりの部分が説明できる可能性があります。
だからといって、「人による違いは存在しない」と結論づけることもできません。この問題を考えるとき、もっと根本的なところに目を向ける必要があります。それは、
「同じ練習をした」と「同じ刺激を受けた」は、本当に同じなのか?
ということです。
1.「伸びる人」と「伸びない人」は本当に存在するのか
運動トレーニングへの適応に個人差があることを示す研究は、以前から行われてきました。
代表的なのがHERITAGE Family Studyです。481人の成人を対象に、20週間にわたって標準化された持久性トレーニングを行ったところ、VO₂maxは平均すると約400 mL/min向上しました。
しかし、全員が同じように向上したわけではありません。
ほとんど変化しなかった人がいる一方で、1 L/minを超える大きな向上を示した人もいました。さらに、家族内でトレーニング後のVO₂maxの変化量が似る傾向も確認され、遺伝的要因が個人差の一部に関係している可能性が示されました。
この研究では、ある統計モデルからトレーニングによるVO₂maxの変化に対して最大47%という遺伝率の推定値も報告されています。ただし、ここでいう「47%」を、「あなたのVO₂maxの47%は遺伝で決まっている」という意味に受け取ってはいけません。
遺伝率とは、ある集団の中で観察される個人差のうち、遺伝的な違いによってどの程度説明されるかを示す集団レベルの統計量です。個人の能力や、これからどれだけ伸びるかが、その割合で遺伝的に決まっているという話ではありません。
つまり、こうした研究から「遺伝的な違いが適応の個人差に関係する可能性がある」と考えることはできます。しかし、
「この人は遺伝的に反応しやすい」「この人は遺伝的に伸びない」
と個人を簡単に分類できるわけではありません。
ここから、「ハイレスポンダー(高反応者)」「ローレスポンダー(低反応者)」「ノンレスポンダー(非反応者)」といった言葉が登場します。ところが、この分類にはもう一つ問題があります。
そもそも「伸びなかった人」は、本当に「反応しなかった人」なのでしょうか。
2.「伸びなかった」と「反応しなかった」は同じではない
例えば、20週間トレーニングを続けた結果、VO₂maxがほとんど変わらなかった人がいたとします。その人を見て、
「この人はトレーニングに反応しなかった」
と判断するのは簡単です。しかし、VO₂maxという一つの指標が変化しなかったことと、身体全体が何も変化しなかったことは同じではありません。
持久性トレーニングでは、心肺機能だけでなく、骨格筋の代謝能力、毛細血管、ミトコンドリア、運動効率、同じ速度を維持するための負担など、さまざまな部分が変化します。
もちろん、VO₂maxの変化が小さかった人でも必ず別の適応が起きている、と断定することはできません。ただ、「VO₂maxが変わらなかった」という一つの結果だけから、「身体がトレーニングに反応しなかった」と決めることもできないのです。
さらに、「反応した」「反応しなかった」をどこで区切るのかという問題もあります。
測定値には誤差があります。VO₂maxの測定結果も、まったく同じ条件で測定したとしても毎回完全に同じ値になるわけではありません。
そこで、ある一定の変化量を基準にして「レスポンダー」「ノンレスポンダー」と分類すると、実際には小さな変動の範囲にいる人まで、どちらかに分類される可能性があります。
この問題を考えるうえで興味深いのが、MonteroとLundbyの研究です。
この研究では、健康な成人に異なる量の運動を行わせ、最初の期間で「ノンレスポンダー」と分類された人たちに、次の期間ではさらに運動量を増やしました。その結果、追加の運動によって、それまでノンレスポンダーと分類されていた人たちにもパフォーマンスの向上が見られました。
これは、「ノンレスポンダーなど存在しない」という意味ではありません。むしろ、
「この条件、この運動量では、期待した変化が観察されなかった」
ということと、
「この人は、どんなトレーニングをしても反応しない」
ということは分けて考える必要がある、ということです。この違いは、トレーニングを考えるうえでかなり大きな意味を持ちます。
3.では、個人差は存在しないのか
ここまで読むと、今度は逆の疑問が出てきます。
「ノンレスポンダーという分類が怪しいのであれば、結局、トレーニングへの個人差なんて存在しないのではないか?」
これもまた、簡単にはそう言えません。
2024年に発表されたVO₂maxの個人反応に関する系統的レビュー・メタ解析では、観察された変化量のばらつきのかなりの部分が測定誤差によって説明され、個人ごとの「真の反応差」を示す強い証拠は得られませんでした。
さらに2025年の系統的レビューでも、運動トレーニングへの適応に個人差がないと証明されたわけではありません。一方で、測定誤差や同一人物内の生理的変動を適切に考慮した研究はまだ少なく、一定の大きさを持つ「個人固有の反応差」が明確に確認されているとは言いにくい、という整理になっています。
つまり、現在の研究から言えることは、
「人によって反応が大きく違うことは明らかだ」
でも、
「人による反応差はほとんど存在しない」
でもありません。
どちらか一方に単純化できないのです。
遺伝的要因がトレーニング適応に関係する可能性はあります。しかし、それだけで個人の反応を説明できるわけでもありません。では、なぜ同じトレーニングをしているのに結果が違うのでしょうか。ここで、もっと基本的な問題に戻ってみます。
そもそも、その二人は本当に「同じ刺激」を受けていたのでしょうか。
4.「同じメニュー」と「同じ刺激」は違う
例えば、二人のランナーに、**「10kmを50分で走る」**という練習を指示したとします。二人とも同じ距離を走り、同じ時間で終わりました。外から見れば、まったく同じ練習です。
しかし、仮に一人の平均心拍数が145bpm、もう一人が165bpmだったとしたらどうでしょう。
例えば、それぞれの乳酸閾値心拍数(LTHR)が150bpmだとすれば、145bpmのランナーは閾値より少し下で走っているのに対し、165bpmのランナーはVO₂max領域に入っている可能性があります。つまり、二人とも「10kmを50分」という同じメニューをこなしていても、トレーニングとして身体に与えた刺激は大きく異なります。
主観的運動強度も、一人は「楽ではないが余裕がある」、もう一人は「かなりきつい」と感じていたかもしれません。
この二人は、同じ10kmを走ったという意味では同じ練習をしています。しかし、身体に加わった負荷まで同じだったとは限りません。
トレーニングでは、距離、時間、速度、パワー、重量、セット数など、外から設定できる負荷を**外的負荷(external load)**として考えることができます。
一方、心拍数、酸素摂取量、血中乳酸、主観的運動強度、呼吸のきつさ、疲労感など、身体が実際にどの程度の負担を受けたかを示すものが**内的負荷(internal load)**です。
もちろん、内的負荷だけを見ればすべて分かるわけではありません。それぞれの指標にも限界があります。それでも、「設定した練習」と「身体が受けた刺激」を区別する考え方は重要です。
例えば、同じ80%HRmaxという強度で運動したとしても、その運動が二人にとって同じ代謝的負担になるとは限りません。相対的な強度設定は個人差を小さくするための有用な方法ですが、数字を揃えれば生理学的な刺激まで完全に揃うわけではありません。
つまり、
同じメニューを実施することと、同じ生理学的刺激を受けることは別の話です。
この違いを考えると、「同じトレーニングをしたのに適応が違った」という現象も、少し違った角度から見ることができます。
5.身体が適応するのは「10km」という数字ではない
身体は、「今日は10km走った」という数字そのものに適応するわけではありません。
運動中にはATPの需要が増え、筋収縮に伴ってカルシウムが動き、エネルギー状態が変化し、代謝産物が生じ、機械的な負荷も加わります。こうした変化が細胞内のさまざまなシグナルを動かし、長期的には骨格筋の構造や代謝機能などの変化につながっていきます。
持久性トレーニングでは、AMPK、CaMK、p38 MAPK、PGC-1αなど、複数のシグナル経路が関係することが知られています。ただし、ここで「PGC-1αが増えれば必ず持久力が上がる」といった単純な話にしてはいけません。
運動後に特定の分子が変化したことと、長期的なパフォーマンスが向上することは同じではありません。実際の適応は、複数のシグナルや遺伝子発現、タンパク質合成、エネルギー代謝、組織の変化などが複雑に重なった結果として起こります。
重要なのは、身体が適応する対象は「練習メニューの名前」ではないということです。10kmという距離も、50分という時間も、それ自体が身体への刺激ではありません。
その運動によって身体の中でどのような負荷が生じたのか。その負荷に対して、どのような反応が起きたのか。そこまで考えて初めて、「その練習が身体に何を与えたのか」に近づくことができます。
6.「80%」は本当に全員にとって同じ80%なのか
トレーニングでは、「最大心拍数の80%」「VO₂maxの80%」「FTPの80%」のように、相対的な数字で強度を設定することがあります。これは実際のトレーニングで非常に便利な方法です。
ただ、数字が同じだからといって、身体の中で起きていることまで完全に同じになるわけではありません。
例えば、二人が同じ80%HRmaxで走っていても、それぞれの乳酸閾値が異なれば、一人にとっては閾値よりかなり下の運動で、もう一人にとっては閾値に近い運動になっている可能性があります。そのため、相対的な強度設定では「同じ割合」にすることと「同じ生理学的負荷」にすることを区別する必要があります。
一方で、だからといって「%設定は意味がない」という話でもありません。
例えばFTPのように個人の能力を基準にした設定は、絶対値だけで処方するよりも個人差を考慮できます。また、生理学的閾値を基準に強度を設定する方法が、従来の相対強度設定より大きなVO₂max向上につながる可能性を示した2025年のメタ解析もあります。
ただし、その研究でも個人ごとの反応のばらつきが明確に小さくなったわけではありません。つまり、強度設定を個人化することには意味がありますが、
「数字を個人化すれば、全員にまったく同じ刺激を与えられる」
というところまでは言えません。数字は身体を理解するための道具であって、身体そのものではないからです。
7.同じ人でも、毎回同じ刺激を受けるわけではない
そして、この問題は「人と人との違い」だけではありません。同じ人でも、同じ練習から受ける刺激は毎回同じとは限りません。
前日に高強度の練習をしていた場合と、数日間しっかり休んでいた場合では、同じペースで走っても身体の反応は変わる可能性があります。睡眠、栄養、精神的なストレス、直近のトレーニング量、疲労の蓄積なども、その日の運動に対する身体の反応に影響します。さらに、トレーニングを続けて身体そのものが変化すれば、同じ練習の意味も変わります。
以前は50分かかった10kmが、トレーニングによって45分で走れるようになったとします。このとき、以前と同じ50分10kmを走ったとしても、それは以前と同じ刺激ではありません。身体の能力が変わったからです。つまり、
トレーニングによって身体が変わることで、同じトレーニングの意味まで変わっていく。
これは、長期間トレーニングを続けるうえで見落としやすい部分です。
8.では、実際のトレーニングでは何を見ればいいのか
ここまで考えると、トレーニングの評価方法も少し変わってきます。「予定したメニューをこなせたか」だけを見るのではなく、
「その練習に対して、身体はどのように反応したのか」
を見ることです。
例えば、以前と同じペースなのに心拍数が低くなっている。
同じ心拍数で、以前より速いペースを維持できる。
同じパワーなのに、以前より楽に感じる。
あるいは、同じ練習をした翌日の疲労が以前より小さくなっている。
こうした変化は、一つひとつが身体の適応を考える材料になります。ただし、どれか一つの指標だけで判断する必要もありません。
心拍数は睡眠や気温などの影響を受けます。RPEもその日の状態によって変わります。パワーやペースにも、コースや環境などの影響があります。だからこそ、単独の数字を見るより、
外的負荷と内的負荷の関係が、時間とともにどう変化しているか
を見るほうが有益です。
「50分で10km走った」という結果だけを見るのではなく、「50分で10kmを走ったとき、心拍数やRPEはどうだったか。そして、その後どの程度の疲労が残ったか」を合わせて見る。そうすると、同じメニューでも身体にとっての意味が少しずつ見えてきます。
9.「伸びない」とき、最初から「才能」の問題にしない
トレーニングを続けているのに、思ったように結果が出ないことはあります。そのとき、
「自分は遺伝的に伸びないタイプなのではないか」
と考えるのは簡単です。しかし、その前に確認できることがあります。
そもそも現在のトレーニングで狙っている刺激が、本当に十分に入っているのか。
設定した強度は現在の能力に合っているのか。
外的負荷に対する心拍数やRPEはどう変化しているのか。
疲労が蓄積していて、適応が表面化していないだけではないか。
あるいは、そもそも評価している指標が、狙っている適応を十分に表しているのか。
こうしたことを一つずつ確認するほうが、「才能がない」という結論に飛びつくよりも、トレーニングを改善するうえでは役に立ちます。
もちろん、本当に個人差がある可能性を否定する必要はありません。遺伝的背景も、これまでのトレーニング歴も、身体の特性も、人によって違います。ただ、それらを理由にする前に、
「自分はどのような刺激を受け、その刺激に身体がどう反応しているのか」
を見ることができます。
「どれだけやったか」だけではなく、
「何を狙った練習で、その狙った刺激が実際に入っていたのか」
を考える。これは、個人差を考えるときの現実的な出発点になります。
10.同じメニューをこなすことより、身体の反応を見る
結局のところ、「同じ練習をすれば、誰でも同じように適応するのか」という問いに対して、単純な「はい」も「いいえ」も適切ではありません。
トレーニングへの適応には個人差があります。
遺伝的な要因が関係する可能性もあります。
一方で、「ハイレスポンダー」「ノンレスポンダー」といった分類は、測定誤差や日々の変動などを考えると、それほど単純なものではありません。「伸びなかった」という結果だけで、その人を「反応しない人」と決めることもできません。
そして何より、
同じメニューを行ったからといって、同じ生理学的刺激を受けたとは限りません。
10km、50分、80%、200W。
こうした数字は、トレーニングを組み立てるためには欠かせません。しかし、身体が実際に受け取っているのは数字そのものではありません。その運動によって生じたエネルギー需要や筋収縮、代謝的・機械的な負荷、そしてそれに対する身体の反応です。だから、トレーニングを考えるときには、
「予定どおりメニューをこなしたか」
だけではなく、
「その練習に対して身体はどう反応したか」
を見ることが大切になります。
同じメニューを出発点にしても、身体の反応を観察しながら、その人にとって適切な強度や量、刺激へ調整していく。それは、「個人差があるから正解がない」という話ではありません。むしろ逆です。
一人ひとりの身体の反応を見ることで、同じメニューをその人に合ったトレーニングへ変えていくことができる。
「同じ練習をすれば、同じように伸びる」。
この考え方は、トレーニングを管理するうえでは分かりやすいものです。しかし、身体はそれほど単純ではありません。だからこそ、
「同じメニュー」と「同じ刺激」は違う。
この違いを意識することが、個人差のある身体をトレーニングするための、より現実的な考え方になるのではないでしょうか。
参考文献
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